主体的な学び(その7)-主体的教師への変容 MVPAR-

  反転授業がより普及していくためには教師の取り組みが欠かせません。反転授業がうまくいくためには「主体的学習者」(PL)と「主体的教師」(PE)が行うことが必要になります。それ故、「学習者」と「教師」の両方は、「主体的」であることが求められます。

 

 前回のブログでは、教師が「主体的」になるには情熱(passion)が要すること述べました。しかし、情熱だけで十分ではありません。何故なら、その情熱を持った行動(action)が空回りすることがあるからです。

 

 そこで、その行動を正しい方向に向かわせるものが必要になります。それが、ビジョン・先見(vision)です。教える内容や指導法など、単発の時間だけでなく、中・長期の期間に渡る授業に関する明確なビジョンが伴われなければなりません。毎日の授業、毎週の授業、毎月の授業、1年間に渡る授業、そして卒業までの授業、卒業後につながる授業に対するビジョンです。

 

 ビジョンを形成するのに影響を与えるのが、ミッション・使命(mission)です。その具現したのものが、それぞれの学校が目指す教育目標や方針です。学校が掲げる教育目標を実践するのがミッションだとすれば、そのミッションをより具現化したものが、各教科となります。

 

 使命に賛同し、先見として具体的かつ明確にすべき事を理解し、情熱を持って行動する。すなわち、「使命(mission) → 先見(vision) → 情熱(passion) → 行動(action)」 となります。しかし、これで完結するのではありません。先見、情熱、行動が必ずしも常に適切であるとは限らないからです。それをチェックするのが、振り返り・反省(reflection)です。行動の後に、振り返りを加え、英語の頭文字をつなげたものが、MVPARです。冒頭の図に赤色の⇒で示したものです。

 

 下の画像は、その関係を示したものです。使命(mission)を頂点とし、使命を伴った情熱(passion)、先見(vision)、行動(action)となります。これら3要素が常に正しくあるのかを確認し、修正するのが振り返り(reflection)です。それは、下から支えるものです。これら5つが調和している状態が理想です。

 最後に、MVPARを用いて私の場合を紹介します。私が奉職する学校は大学附属校であるため、私はミッションとして大学附属校として求められる人物像や学力を考えます。ディプロマポリシー(学位授与の方針)として大学が学生に求めるものに、「問いながら学ぶ「学問」習慣を身に付け、専門領域における知識・技能を修得し、それらに裏打ちされた探究心と社会貢献への使命感に目覚めていること。」が掲げられています。附属校では、問いならが学ぶ「学問」を、私は問い学ぶ「問学」と置きかえます。何故なら、「学問」は大学での研究を指すことがあるからです。単に「問い」と「学ぶ」を示す「問学」を勤務校で用いると、高校で「問学」そして大学で「学問」という、高大一貫教育のより具体的なミッションが浮かび上がります。

 

 このミッションをビジョンにまで明確にします。英語であれば、高大を貫く英語力の育成を考えます。系列大学に進学しても最低限、授業についていくことが出来る英語力を始め、大学での学問で活かすことができる英語力、そして、社会人になってからも使える英語力を理解した上で、高校で行う英語教育の内容を考案し、それを情熱を持って実行します。

 

 そのビジョンは生徒には常に伝えます。生徒は毎時間の授業がどのように大学生や社会人になった時につながるのかを理解します。私が英語教育を実践する上で、特に強調することは、「英語で世界の情報を取る」ということです。授業では、教科書の内容を扱うだけなく、日ごろ読んでいる洋書から内容や語彙を伝えるようにします。教科書に出てきたフレーズや文構造が、洋書で出てきた場合にも、その箇所を紹介します。このようして、英語を通して日本ではあまり知られていない内容を伝え、英語を学習する意味を少しでも理解するように促します。

 

 毎時間の授業だけなく、年間の授業、そして卒業生を送り出した際の授業の振り返り・反省をします。振り返り・反省を通して見えた課題を、新しい生徒を教える上で克服するように計画を立て、以前よりもよりよい授業をするように努めます。このようなことを繰り返すことによって、過去の自分を越えて来ました。授業をする上で、私は現時点がベストであると思っていますが、未来が現在を越えベストなるように努めています。