高齢者のチカラ― powers of synthetic interdisciplinary thinking-

 勤務校の来年(2019年)度用募集パンフレットを見ていると、洋書を持っている女子生徒の写真がありました。その洋書をよく見ると、5年前に購入したものの未だ読んでいない本 The World Until Yesterday であることに気がつきました。著者は、Guns, Germs, and SteelCollapse の著書で有名な Jared Diamond 教授(UCLA)です。特に、前者は、朝日新聞が選ぶ「ゼロ年代50冊」で第一位に選出されています。翻訳本は『銃・病原菌・鉄』(草思社)です。大学入試の英語問題においても時折この本から出題されています。(2018年度入試では、熊本大学の入試で出題されました)

 

 最新刊の The World Until Yesterday は約500ページに及ぶ、分厚い本なので、5年前に購入したものの積読状態でした。いつかは読もうと思っていたので、勤務校のパンフレットにも写っていることもあり、先週読み始め、一気に読み終えました。

 

 この本は、著者が長年に渡って訪れ、研究してきたニューギニアなどの伝統的(原住民の)社会から先進国に生きる人たちが得ることができる教訓について書かれています。決して、昔が良かったという論調では述べられているのではなく、先進国の長所にも触れながら、以前の伝統的社会で大切にされてきたものを詳細に記述し、コメントされています。

 

 同書で扱っているテーマは、「戦争と平和」「老若男女」「危機への対応」「宗教・言語・健康」などです。この中の「老若男女」で、老人力というべき、高齢になるにつれて身につけるチカラについて書かれている文章がありましたので、以下に引用します。

 

 'At the risk of overgeneralizing about a vast and complext subject without presenting supporting evidence, one can say that useful attributes tending to decrease with age include ambition, desire to compete, physical strength and endurance, capacity for sustained mental conentration, and powers of novel reasoning to slove circumscribed problems (such as the structure of DNA and many problems of pure mathematics, best left with age of 40).  Conversely, useful attributes tending to increase with age include expreience of one's field, understanding of people and relationships, powers of synthetic interdisciplinary thinking to slove complex problems involving multifaceted databases (such as the origin og species, biogeografical distributions and comparative history, best left to scholars over the age of 40).'(pp. 238-239)

「実際の証拠を提示せずに広大で複雑な話題(訳者注:高齢による能力の変化)について、あえて一般化していみると次のことが言えるであろう。年齢とともに減少する傾向にある特質は、大志、最後までやりく抜く意欲、肉体的な強さや耐久力、集中力を維持する能力、そして限定された問題(例えば、DNAの構造や数学の問題で、40歳までに解くのがベストとされる)ための新奇な思考力などである。逆に、年齢とともに増す傾向にある特徴は、自らの分野の経験、人々や関係を理解すること、多面的なデーターベースが絡む複雑な問題を解決するための統合的、学際的な思考力などである。複雑な問題とは、例えば、種の起源、生物地理学的な分布や歴史比較などで、40歳を越えた学者に託すのがベストとされる。」(拙訳)

 

 年齢を重ねるごとに増す特質として私が注目したのが「統合的、学際的な思考力」(powers of synthetic interdisciplinary thinking)です。特に、「統合的」(synthetic)という言葉です。「英語力+情報(統合)力」のタイトルで書いたブログで説明したように、弁証法ー「正」「反」「合」ーの考えを背後とする「統合的」は、このフレーズでは、学際的(interdisciplinary)を統合するものと解釈できます。複雑な問題の例として挙げられている「生物地理学」(biogeography)は、著者であるDiamond氏の専門分野です。すなわち、「生物学」と「地理学」を合わせた「学際」です。それぞれの学問をただ合わせるだけでなく、一段階上の統合するところに、「統合的、学際的」(synthetic interdisciplinary)の重要な意味があると読み取れます。「思考力」もまさに、英語では powers of thinking であり、「思考が持つ(他に及ぼす)チカラ」のことです。単なる「思考法」「思考術」を意味する thinking skills ではありません。

 

 一つの学問領域を超え、他の学問と結びつき、それを統合する思考が、synthetic interdisciplinary thinking であり、そのチカラ powers は引用文にあるように「複雑な問題を解決するため」(to slove complex problems)のものです。そのチカラを得て発揮するのは、年齢を重ねてからということです。Diamond氏は、この本の執筆中が75歳で、自分の人生のピークは60歳代と70歳代であると書いています(p.211) 。とても勇気づけられる発言です。私も問学を続けて、このようなチカラを身につけたいと思います。

 


(参考文献)

Jared Diamond(2012).  The World Until Yesterday: What Can We Learn From Traditional Societies?  Viking