明治初期の「学問」の英単語-当時の辞書から今後を考える-

 明治初期に発行された英和辞典を数冊あたり、learning の意味を調べました。福澤諭吉の『学問のすすめ』の英訳本のタイトルが An encouragement of learning となっているため、当時の辞書ではどのようになっているかを知りたかったからです。図書館に所蔵されているもので、ゆまに書房が1995年に「近代日本英学資料」として発行した復刻版の英和辞典3冊を調べました。資料①の『英華字語彙』(1869年10月原本発行)、資料⑥の『AN ENGLISH-JAPANESE DICTIONAY OF The Spoken Language』(1876年原本発行)、資料④『ウエブスター氏新刊大辞書 和訳字彙』(1888年9月原本発行)です。これら3冊は、明治維新(1868年)から20年間に発行されたものなので、learning の和訳の変遷を垣間見ることが出来ます。

 

 現在から発行年が近い辞書から、learning の和訳を以下に引用します。

 

『ウエブスター氏新刊大辞書 和訳字彙』(1888年9月原本発行)では;

Learning, n.  學問、暗熟、熟達、知識、文學

Learn, v.t.     學ブ、演習スル、稽古スル、知ラセル

Learn, v.i.     學問スル、承知スル

 

『AN ENGLISH-JAPANESE DICTIONAY OF The Spoken Language』(1876年原本発行)

Learning, n.  gaumon (c) (注:(c) は、「漢語を起源(chinese origin)とする」の意)

Learn, t.v. osowaru , narau, oboeru, keiko suru, manabu

 

『英華字語彙』(1869年10月原本発行)

Learning,  才學、學問

Learn,     學フ

 

となっています。以上の和訳から、Learning の共通の訳が「學問」であることが判ります。明治維新の翌年(1869年)には、すでに「學問」とLearning を訳していたのは、「問学」の言葉を考える上で、興味深い示唆に富みます。それは、「問い」が欠如している点です。動詞の Learn の和訳を見ても、どれも「問う」という意味が含まれていません。

 

現在においても、Learning の和訳は、例えば『ジーニアス英和大辞典』(大修館)によれば、

 

1.学ぶこと、習う[覚える]こと、学習;学問、学識

2.[心理]学習《経験による行動の永続的な変化》

 

とあり、「学ぶ」が中心的な意味を成しており、「問う」の意味を伝えているようには思えません。

 

 明治維新から150年が経ち、日本は色々な苦難を乗り越え、現在に至っています。この間に、Learning を意味する「学問」や「学習」は、日本の発展の大きく貢献してきました。しかし、日本がこれからいっそう発展していくためには、「問う」ことを加えた「問学」が必要であると考えます。様々なことに問いを立て学ぶという態度や習慣は、これからの日本社会や世界に新たな価値をもたらすものと考えます。「問学」を英語で表すならば、Inquiry and Learning となります。「問学」とその英語である Inquiry and Learning が、日本人の行動様式となり、日本発のコンセプトとして日本のみならず世界の発展にも寄与していくことを願います。

 


(参考文献)

斯維爾士維廉士、柳沢信大著(1868, 1995)『近代日本英学資料① 英華字彙』 ゆまに書房

イースト・レーキ、棚橋一郎(1888, 1995) 『近代日本英学資料④ ウェブスター氏新刊大辞典 和訳字彙』 ゆまに書房

Ernest Mason Satow & Ishibashi Masakata (1876, 1995) 『近代日本英学資料⑥ An English-Japanese Dictionary Of The Spoken Language (First Edition) 』 ゆまに書房